2021.06.01

【かぶかや・ヒューマン】 #13 今野3兄弟 〜前編〜「株式会社いまの」今野州彦さん

TV番組「出没!アド街ック天国」でも取り上げられた「イマノフルーツファクトリー」と、その2~3階にある「ビストロ サブリエ」。これらは、茅場町で有名な今野3兄弟が運営する名店です。


運営元である「株式会社いまの」の代表取締役は、長男の州彦(くにひこ)さん。「イマノフルーツファクトリー」の店長は、次男の喜彦(よしひこ)さん。「ビストロ サブリエ」のオーナーシェフは、三男の登茂彦(ともひこ)さんです。


今野3兄弟に迫る前編の今回は、長男の州彦さんを直撃。日本橋茅場町で長年愛されてきた果物屋と、今野一家の歴史について伺いました。


◆茅場町で69年愛されるフルーツの名店

――州彦さん、はじめまして!
はじめまして。今日はよろしくお願いします。


――これまで取材したこの街の皆さんが、口を揃えて「イマノさんのスムージーは美味しい」と言っていたんです!
それは嬉しいです(笑)。後ほど飲んで行ってくださいね。


――イマノさんはとっても歴史があるお店なんですよね。
はい、創業は1952年です。「株式会社いまの」の原点は、私の祖父が始めた果物屋です。昔のことすぎて確かなことは分からないのですが、祖父が戦争から帰ってきてすぐに始めた商売だと聞いています。


その頃はまだ戦後の混沌とした時代。最初は、リヤカーに果物を積んで売り歩くところから始めたようです。当時茅場町には地下通路があって、そこで売っていたみたいですね。


その後、この場所にあった2階建ての民家で店を開いて、リンゴ・バナナ・みかん・アイスキャンディなんかを売っていたそうです。当時はまだ目の前の通りに都電が走っていた頃ですね。ちゃんと事業を確認できたのが昭和27年(1952年)なので、「1952年創業」としています。


今野果実店昭和25年
今野果実店昭和36年


現在の場所にこのビルを建てたのは、昭和37年(1962年)。1階が果実・煙草・アイスクリーム売り場、2~3階がフルーツパーラーでした。その頃から、ハムサンドや玉子サンド、フルーツサンドの販売を始めました。


サンドイッチを売っていたのは、サラリーマンの朝食用です。この辺りの証券マンは朝6時ごろから出勤してくるのですが、当時はまだコンビニも無い時代でしたから、かなり重宝されていたようです。その後、ビルの改装を機にサンドイッチは廃止したのですが、フルーツサンドだけは残すことにしました。



◆主力商品はフルーツサンド。有名雑誌に掲載も

――イマノさんのフルーツサンド、大人気と伺いました!
それは嬉しいです。老舗フルーツ店にしかつくれないフルーツサンドにこだわり続けた結果、今もファンが増え続けています。おかげさまで、最近は多くのメディアにも取り上げられていて、雑誌「ブルータス」恒例の年末特集『日本一の手土産はこれだ!』にも選ばれたんですよ。


店舗案内より


現在「イマノフルーツファクトリー」には、旬のフルーツを使ったジュースやスムージー、ケーキなどのスイーツも並んでいます。時代と共にラインナップは増えましたが、市場に足を運び厳選したフルーツを仕入れるこだわりは変わっていません。



◆理想の長男坊!幼少の頃から夢は果物屋

――州彦さん、社長を継ぐことに迷いは無かったのですか?
それが無かったんですよ(笑)。子どもの頃から、なんとなく「自分が継ぐんだろうな」と思っていました。すぐそこの阪本小学校に通っていたのですが、卒業文集には「フルーツ屋になる」って書いていましたね。なんて夢の無い少年だったのでしょう(笑)。


――なんて素晴らしい跡取り息子さん!ご両親は嬉しかったでしょうね。
そうですね(笑)。でも、すぐに継いだわけではなくて、大学卒業後は広告代理店に就職しました。テレビ関係・イベント・パブリシティなど、できることは何でもやっている代理店で、色々と社会勉強させてもらいましたね。5年程勤めた頃に父から「そろそろどう?」と声を掛けられて、27歳でうちの会社に入りました。しばらくは社員として働いて、代表に就任したのは2008年です。


――事業を継いでみて、いかがでしたか?
ちょうどその年はリーマンショックの年で……。すでに2~3階はフルーツパーラーからフレンチレストランに変えていたのですが、すっかり売上が落ち込んでしまったし、厳しいスタートでしたね。バブルの残骸があって、立て直すのに時間がかかりました。


――それは大変な時期に継がれましたね。現在は、社長としてどのようなお仕事をされているのですか?
日々営業ですね。うちは小さい会社なので、経営とか管理というよりは、外に出て営業をしないと先に進めないんです。ありがたいことに、今は色んなところから「うちにフルーツサンド置きませんか?」とお話をいただくので、実際に足を運んで、できる限り出店しようと思うのですが、残念ながらお断りする事も多いです。


――フルーツサンド、このお店以外にも置いているんですか?
東京近辺の百貨店の催事や、エキナカの期間限定ショップに置いています。もしかしたら、皆さんも目にしているかもしれませんね。


JR大宮駅①


大宮駅②
JR大宮駅構内での期間限定出店の様子。多くの人で行列が。


お客様の中には「イマノフルーツさんよね?私昔、茅場町で働いていたの!」「昔2階のフルーツパーラーで夫とデートしたの。懐かしいわ~」と思い出話をしてくださる方もいるんです(笑)。長年続いている店ならではのことなので、嬉しいですよね。



◆町会理事に青年部員。街の重要人物として活躍

――州彦さん、茅場町一丁目町会の理事をされているんですよね。
はい、それと青年部員もやっています。実は、初代青年部長は私なんですよ。

通常なら、清掃活動・祭りの準備・この街で働く人たちを集めた新年会・バス旅行などをしているのですが……コロナになってからは、ほとんど何もできていないですね。


――他にも何かされていますか?
日本橋料理飲食業組合の理事、その中の青年部的存在である日本橋三四四会(みよしかい)の副会長もしています。日本橋料理飲食業組合は300店舗ほどが参加している歴史ある組織で、日本橋だけあって老舗の多い歴史のある組合です。


三四四会には65店舗ほどが参加していて、審査で選ばれた熱意あるメンバーばかりです。屋台から始まったような古いお寿司屋さんや鰻屋さんが多いですね。

通常は、講師を招いた飲食関係の勉強会や食育講座などを開催しています。100人くらいで浴衣で街を歩くイベント、お世話になっている方々を招いてBBQなんかもやっています。BBQは日本橋の名立たる料理人が一堂に会するので、普通ならあり得ない高級な食材がたくさん出てくるんですよ(笑)。



最近のコロナ禍では、ボランティアとして医療従事者の皆さんにお弁当を無償で提供しています。



◆街の仲間と共に、まだまだ成長中

――街にお知り合いが多くて楽しいですね。
そうですね。3歳から10歳の間は千葉の田舎にいたのですが、それ以外はずっとこの街にいますから。

「吉野鮨」や「繁乃鮨」の大将、有名な「たいめいけん」の茂出木さん、有名割烹の「八重洲とよだ」の大将などは皆同級生です。


――同窓会メンバーが豪華ですね!
そうですね。狭い地域なので、すぐに話が広がってしまうんですよ(笑)。


日本橋って、他のオフィス街と比べて住民と企業勤めの人との距離が近いと感じますね。丸の内とかだと、地域の人の顔って浮かばないじゃないですか。一方、日本橋は地域で商売している人が多いですし、彼らの顔がパッと浮かぶんですよ。


街づくりをする上でも、そうした部分は大事にしていると思います。そういう良い部分はこれからも崩れて欲しくないですね。


――この街が大好きなんですね!
そうですね。何が好きかって聞かれたら分からないですけれど、好きだからずっと居るんでしょうね(笑)。もちろん仲間が多いことも理由の一つですが、居心地が良いんですよ。


みんな本当に江戸っ子気質で明るいですし、物事をハッキリ言いますね。他の店の料理人が、うちの商品について率直な意見を聞かせてくれることもあるんです。自分で分かっていても改善できていない部分だったりするので、「やっぱり直さないとな」と思えてありがたいですね。お互いに切磋琢磨しながら鍛え合えるとても良い関係なんです。


販売しているフルーツスムージー。


◆兄弟で力を合わせて!店舗展開も検討中

――「株式会社いまの」の今後が楽しみです。
今後は、フルーツサンドを主体とした店舗展開を考えているんです。レストランの展開も視野に入れています。工場はこのビルの4階にあるのですが、もっと広い場所に移転して、たくさん製造できるようにしたいですね。


――精力的ですね!次回の記事では、次男で「イマノフルーツファクトリー」店長の喜彦(よしひこ)さん、三男で「ビストロ サブリエ」オーナーシェフの登茂彦(ともひこ)さんにお話を伺います。州彦さんにとって、お二人はどのような存在ですか?
えっ!ここで本音は言えないですけれど……(笑)。私が社長業に専念できているのは、それぞれの店を二人に安心して任せられているからです。喜彦は果物のプロで仕入れの腕は確かですし、登茂彦も頼もしいシェフです。


3兄弟で。左から、三男・登茂彦さん、州彦さん、次男・喜彦さん


――ご兄弟で事業ができるなんて、素敵です!最後に、現在この街は開発中ですが、どのような街になっていって欲しいですか?
週末も賑やかな街になって欲しいですね。最近は徐々に賑やかになってきているものの、少し前まで土日は道でキャッチボールできるくらい閑散としていましたから。


直近でこの街が劇的に変化したのは昭和で、それ以来時が止まってしまっていました。それが最近ようやく「変化しなくては」という空気になっているんです。


歴史・住民の温かさ・人のつながりといったソフト面は簡単に構築できるものではないので、それらはちゃんと残しつつ変化していって欲しいですね。


私も仲間と料理イベントなどを開催することで、このエリアに人を呼べたらと思います。日本橋でも高島屋があるエリアは賑わっているので、そこの人々をこのエリアに引っ張って来たいですね。



◆取材を終えて

「株式会社いまの」の代表・今野州彦さんにお話を伺いました。いかがでしたか?歴史ある事業を継承し、時代に合わせて進化させている州彦さん。多忙な日々ですが、苦労よりも喜びを感じながら働いているように見えました。州彦さん、お忙しい中ありがとうございました!


次回は、次男で「イマノフルーツファクトリー」店長の喜彦(よしひこ)さん、三男で「ビストロ サブリエ」オーナーシェフの登茂彦(ともひこ)さんに迫ります!


■イマノフルーツファクトリー
東京都中央区日本橋茅場町1-4-7
Tel:03-3666-0747
営業時間:月~金 8:00‐19:00/土  10:00‐15:00
定休日:日祝

(ライター:安藤小百合


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