2026.03.03

【金庫巡り】#9 七十七銀行に行ってきました

こんにちは!

兜LIVE!編集部です。


この連載【金庫巡り】では、この日本橋兜町・茅場町周辺にある古い金庫にフォーカスして、その歴史や魅力を発信していきます。第9回となる今回は、茅場町駅に位置する「七十七銀行」を訪れました。仙台に本店のある七十七銀行ですが、実は日本橋兜町・茅場町とも深い関係にあるんです。


◆七十七銀行とは?



七十七銀行は、明治11年(1878年)に仙台で創業した銀行で、そのルーツは「第七十七国立銀行」にさかのぼります。明治政府のもとで近代的な金融制度が整えられていくなか、東北の地においていち早く誕生した銀行のひとつです。創業当時の仙台には、地域に基盤を置く銀行はまだ多くなく、七十七銀行は東北経済の基礎を支える存在として歩みを始めました。


特筆すべきは、創業からわずか数年後の明治15年(1882年)に、東京・日本橋に支店を開設している点です。地方で生まれた銀行が、早い段階で日本の金融の中心地に進出したことは、当時としては非常に先進的でした。日本橋は江戸時代から商業の要衝であり、明治期には金融・証券の街としての性格を強めていきます。その地に拠点を構えた七十七銀行の姿からは、地域金融にとどまらず、全国規模の経済の流れを見据えていたことがうかがえます。


その後も七十七銀行は、時代の変化とともに組織や形を変えながら、140年以上にわたり銀行業を継続してきました。現在の日本橋支店の社屋は昭和52年に建て替えられたものですが、この場所で積み重ねられてきた長い時間そのものが、七十七銀行の歴史の厚みを物語っています。



こちらは旧日本橋支店の写真です。重厚感がありつつも、おしゃれなアーチ型の窓などがレトロで雰囲気のある洋風建築でした。現在この写真は応接室に飾られています。


◆七十七銀行と茅場町、渋沢栄一が結んだ証券の街との縁

七十七銀行と兜町・茅場町エリアとの関係を語るうえで欠かせないのが、日本資本主義の父・渋沢栄一の存在です。七十七銀行の前身である第七十七国立銀行は、その設立にあたり渋沢氏の助言や出資を受けており、日本の近代金融を築いた人物と深い縁を持つ銀行でした。渋沢氏は銀行制度の整備に関わっただけでなく、地方経済の発展にも強い関心を寄せ、東北の産業振興にも尽力しています。

こうした縁は、東京の金融・証券の中枢である兜町・茅場町にもつながっていきます。明治期、現在の東京証券取引所が取引の拡大に伴い、売買代金の精算や資金管理を担う銀行を必要とした際、七十七銀行はその役割を引き受けました。これは「場勘業務」と呼ばれ、証券取引に伴う資金の受け払いを一手に担う、極めて重要な金融インフラの業務です。


渋沢栄一の推薦に加え、七十七銀行が不況時の株価暴落に際して取引所を支えた実績や、堅実で信頼性の高い業務姿勢が評価され、同業務を担当する銀行として選ばれました。その後、七十七銀行は長年にわたり証券取引所との信頼関係を築き、2024年には場勘業務の受託から130周年を迎えています。


こうした歴史の背景には、渋沢栄一が大切にしてきた価値観があります。七十七銀行の企業理念である「行是」には、「銀行の発展は地域社会の繁栄とともにある」という考え方が明確に掲げられており、これは渋沢氏が説いた、実業と社会がともに成長していくという思想とも重なります。茅場町・兜町が「証券の街」として発展してきた背景には、こうした理念を土台に、金融インフラを支え続けてきた銀行の存在があります。七十七銀行は、その歴史と思想の両面から、この街を内側から支えてきた銀行だといえるでしょう。


◆今も現役の金庫を拝見!


七十七銀行日本橋支店には、現在も実際に使われている金庫が残されています。しかもこの支店には、金庫が2つあります。通常、銀行の1支店につき金庫は1つというケースが多く、2つの金庫を備えているのは珍しい存在です。なぜ当初から2つ設けられたのか、正確な理由は明らかになっていませんが、建物の構造上の制約が関係していた可能性があるといいます。


いずれの金庫も、開設当時に設置されたものを、必要なメンテナンスを施しながら使い続けているものです。設置から長い年月が経った現在も、役目を終えることなく「現役」として稼働しています。日々の業務のなかで当たり前のように使われているため、特別な存在として意識されることは少ないかもしれませんが、そこにはこの支店が積み重ねてきた時間が静かに刻まれています。


金庫は、セキュリティ分野で知られるクマヒラ製です。安全性を最優先に設計された金庫であり、銀行という場所の根幹を支える設備のひとつといえます。これまで災害時に人が閉じ込められるといった事例はなく、万一に備えた防災訓練も行われています。


目立つ存在ではありませんが、長い歴史をくぐり抜け、今なお使われ続けている金庫は、日本橋という金融の街で七十七銀行が果たしてきた役割を、無言のまま伝えているようでした。


◆当時の門が今も残る

先ほど紹介した、かつての七十七銀行日本橋支店。当時の社屋はすでに取り壊されており、その姿を街で目にすることはできません。歴史ある建物が失われたことを惜しく思わずにはいられませんが、実は現在の日本橋支店の会議室に、当時の入口の門と電灯が保存されています。



重厚な意匠が施された門は、単なる装飾品ではなく、この地で銀行業が営まれてきた時間そのものを物語る存在です。日々の業務のなかで使われる場所に静かに置かれているからこそ、過去と現在が断絶することなく、自然につながっていることが感じられます。



建物は時代とともに姿を変えてきましたが、すべてが失われたわけではありません。門というかたちで残された一部は、かつてここが日本の金融を支える最前線のひとつであったことを、今も確かに伝えています。現役の金庫と同様に、表に出ることは少なくとも、積み重ねられてきた歴史を静かに受け止め続けている存在でした。


◆仙台の金融資料館では大金庫のレプリカや貴重な資料を展示


金融資料館


七十七銀行の歩みをより深く知ることができる場所として、仙台には七十七銀行「金融資料館」があります。創業120周年を記念して開設されたこの施設では、銀行の歴史にとどまらず、お金の役割や日本・宮城の産業経済の発展までを、体系的に学ぶことができます。



金融資料館 大金庫のレプリカ


館内はテーマごとに構成されており、入口では銀行の金庫室の大扉を再現した「大金庫室」が来館者を迎えます。内部は金庫・貸金庫を再現した空間になっており、実際に“守る”という銀行の役割を体感できるつくりです。


金融資料館


なかでも注目したいのが、「お金の世界」コーナーです。古今東西の貨幣やお金の役割を紹介する展示のなかには、幻の渋沢栄一の千円札も展示されています。渋沢栄一は当時髭がなかったので、偽札防止が難しいため採用にならなかったのだそう。


金融資料館


また、「七十七銀行ことはじめ物語」のコーナーでは、明治期の銀行創設の背景や渋沢栄一との関わりに加え、日本橋支店の歩みについても紹介されています。今回取材した日本橋支店の歴史が、仙台の展示のなかでも語られていることは、七十七銀行と兜町・茅場町との結びつきの深さを物語っています。


金融資料館


さらに、東京証券取引所との関係を示す展示や、場勘業務の歴史に関する資料も見ることができます。日本橋で現役の金庫や門に触れ、仙台でその背景となる物語や証拠に出会う――その両方を体験することで、七十七銀行の歴史は一層鮮明になります。


金融資料館


兜町・茅場町で七十七銀行の“現在”を知り、仙台でその“原点”と“理念”に触れる。そんな巡り方も、この銀行ならではの楽しみ方かもしれません。



七十七銀行 日本橋支店入口にて 支店長の佐藤正樹さん(左)と次長の安住真一さん(右)


今回、七十七銀行について教えてくれたのは日本橋支店次長の安住さん。もともと仙台のご出身の安住さんに、最後に兜町・茅場町の印象について伺いました。「東京のなかでも、兜町・茅場町はすごく『人』の温かさを感じます。街の人たちのつながりも感じますし、“第二の地元”だと思っています」。


金庫や門といった設備や建築に残る歴史は、決して過去のものとして切り離されているわけではありません。七十七銀行 日本橋支店では、そうした時間の積み重ねが、現在の業務や人の営みのなかに、自然なかたちで息づいています。


安住さんが語ってくれた「兜町・茅場町は“第二の地元”のように感じる」という言葉は、長くこの街と向き合ってきた七十七銀行の歩みを思えば、自然と腑に落ちるものでした。


今回の取材を通して、七十七銀行と渋沢栄一との深い関係、そして七十七銀行と兜町・茅場町との長い歴史的な結びつきを、あらためて実感しました。金融の街の表舞台だけでなく、その土台を支えてきた存在があることを知ることで、この街の見え方も少し変わってきます。 静かに残る金庫や門は、そうした関係の積み重ねを今に伝える証しなのかもしれません。



▪️七十七銀行 金融資料館


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