2018.12.21
こんにちは。
兜LIVE!編集部です。
今回は、創業以来70年近くに渡り兜町を見守ってきた鰻屋『松よし』が2018年12月28日をもってその長い歴史に幕を下ろされるということで、二代目店主である江本良雄さんにお話を伺ってきました。江本さんのご好意で実際に『松よし』で鰻を頂きながらの取材です。
こんなことをお聞きしました!
◆鰻と日本人
◆『松よし』の鰻に対する徹底的なこだわり
◆ここだからこそ見えた兜町の風景
◆暖簾を下ろすことに対する想い
戦後の日本経済のシンボルである東京証券取引所ビルから歩いてすぐの路地に位置する、兜町で最も古い鰻屋さん『松よし』。
昭和24年に江本良雄さんの父である江本義弘さんによって創業された日から今日まで、証券業界、そして兜町の遷り変りを70年近くにわたって見守り続けてきました。
「証券業界御用達の鰻屋といえば松よし」と言うほど、『松よし』は兜町と切っても切れない存在です。
兜LIVE!編集部(以下、兜):この鰻、本当に味わい深くて美味しいです!そういえば、かつて生きた鰻を川に返すということが日本で行われていたとお聞きしたことがあるのですが、ここ兜町でもそういった風習は存在していたのですか?
江本さん:いま食べているその鰻もついさっきまで生きていたもの。われわれは鰻の命を絶って生計しているでしょ。だから感謝を込めて供養しないといけない。そのことをお寺さんでは“放生会”と呼ぶんだよ。
兜:ホウジョウエ?!
江本さん:そう。ここからさほど遠くない、江東区清澄に紀伊国屋文左衛門が建てた別邸『清澄庭園』があるんだけど、そこの池に生きた鰻を放すという儀式を毎年6月の第一日曜日に行っていてね、何百人と集まるその放生会は50回にわたって続いたんだよ。
兜:50回も!それだけ鰻は生業にしている人々にとって大切にされていたのですね。では、この兜町で純粋に鰻だけを長年扱ってきた『松よし』を営む江本さんにとって、鰻とはどういった存在なのでしょうか?
江本さん:日本人は毎年1億匹もの鰻を食べているんだけど、それでも今なお鰻の生態は謎だらけ。沢山捕れるときは沸くように捕れるけど、去年なんかは5時間やって1匹しか捕れなかった漁師さんもいるくらい。自然のもの、こればかりはわからない。
兜:そんなにも安定しないものなんですね。お店を切り盛りする身としても、さぞかし苦労が多いのではないでしょうか?
江本さん:そりゃ勿論大変だよ。でもね、人間にはどうしようもないことがあってもいいんじゃないのかい。なんでも人間が解明したら良いかといったら決してそんなことはない。そんな中で折り合いをつけて自然と共存していくことも必要なんだよ。
兜:それにしてもこの鰻、みずみずしくふっくらしていて本当に美味しいです。何か味の秘訣はあるのですか?
江本さん:日本の鰻は餌の管理から水の管理まで全部やってある。じゃあどこで味に差が生まれるかというとまずは水分。なるべくその日の鰻はその日に出さないとすぐ干からびちゃう。
兜:何人のお客さんが来るか予測を立てるのが難しそうですね。
江本さん:そう。鰻は本来スローフードだけど、ここ兜町じゃゆっくりなんて出せない。かといって先に捌きすぎて余らせるわけにもいかないからね。鰻自体も今は埼玉の問屋さんから仕入れているから、毎日の予測が難しいんだよ。東京の問屋なら足りなくなってもすぐに仕入れられるでしょ。でも今は埼玉の方が質の良い鰻があるから。
兜:なるほど。お客さんの知らないところでそんな苦労の数々があったのですね。
江本さん:でも逆に、お客さんを返すことも、鰻を余らすこともなく、ぴったりと思わく通りに売り切った時は気持ちがいいね。そういう醍醐味はあるよ。…あとはそう、一番大事なのはタレだね。やっぱりタレは鰻屋さんの命。うちの場合はみりんと醤油しか使ってない。
兜:みりんと醤油だけ!そんなにシンプルなものなのですか?!
江本さん:そう、お砂糖とかは一切入ってない。でも単純かというと決してそんなことはない。今はみりんの方が醤油より量が多くなっている。それはなぜかというと冬だから。人間っていうのは夏に辛いのを欲して冬には甘いものを要求するでしょ。
兜:たしかに…!言われてみれば甘い和菓子とかはやはり夏より冬に食べたくなる気がします。
江本さん:夏はみりんと醤油の量を同じくらいにして少し辛めにする。そして冬はみりんの配分を増やして今度は甘くする。でも甘すぎちゃいけないよ。親父の頃はまだ砂糖が貴重品だったけど、今は甘すぎるのは敬遠されちゃうからね。
兜:シンプルだけど奥が深い、だからこそあの味が生まれるのですね。
兜:創業以来『松よし』は他のどのお店よりも兜町をそばで見守ってきたと思います。江本さんご自身から見て兜町はどのように映られたのでしょうか?
江本さん:当時、兜町は「シマ」と呼ばれ、人々にとって株式投資の代名詞のような存在だったからね。証券取引所には場立ちが2000人位いて、そういう人達がこのお店にゲン担ぎによくやってきた。
兜:ゲン担ぎにですか?
江本さん:そう、株価がうなぎ上りになるようにって想いを込めて皆このお店に来たんだよ。9割方そういうお客さんだった。でも今は逆転しちゃってるね。100人来れば10人いるかいないかなんじゃないの。
兜:9割も!今から考えると全く想像もつかないです。
江本さん:ここ兜町は住む町じゃないんだよ。元々ここは居住する町じゃなくて、稼ぐ町。けれどマンションが次々できてからは、面白くもおかしくもないどこにでもある普通の町になっちゃった。
兜:たしかに、今の兜町は大手町のようなビジネス街でもなければ、かといって繁華街や住宅街でもないですもんね。
江本さん:中途半端な町なんだよね。特色がなくなっちゃった。町の特徴がなくなるっていうのは一番困る。かといって時代の波に逆らうことはできないでしょ。その中でどうやって特徴を出していくか、それは新しくこの兜町に来る人たちの役目だと思うよ。
兜:自分は普段町のお風呂屋さん、いわゆる銭湯で働いているのですが、一つの銭湯が閉業するという時にはやはり色々な声があがります。「とても悲しい」とか「辞めないでくれ」等々。きっとおそらく『松よし』でもそれは同じだったのではないでしょうか?
江本さん:そうだね。有難いことに色々な人たちからそう言ってもらえた。
兜:「できることなら続けたい」きっとその気持ちは皆さん一緒だと思います。それでも店を閉められる理由は何なのでしょうか?
江本さん:やっぱり後継者がいないってことが一番の理由だね。この仕事はそう簡単には人に任せられない。
兜:先程の話にも出てきた来客数の予想のように、長年この兜町で店を営んできたからこそわかる暗黙知によるものも多いですもんね。
江本さん:一人でやるのは大変だけど、かといって作業を完全に機械化するわけにもいかない。それでも最後は人の手で仕上げなきゃいけない。やっぱりそういう手を惜しんだら、この兜町でハレの日の食べ物としてずっと親しまれてきたこの鰻は売れないよ。
兜:最後の最後まで誇りを守って店を終わらせるのですね。
今日は美味しい鰻、本当にご馳走様でした。そして改めて、本当に長い間おつかれさまでした。
インタビューを通して、江本さんは大変気さくで優しいお方だということがわかりました。しかし同時にその中には、鰻へのこだわり、そして何よりも『松よし』への想いが誰よりも強く感じられました。
きっとおそらく、どこかほんの少しだけでも妥協して、あらゆる選択肢を探ればお店を一時的にでも続けることはできたと思います。しかしながら、最後まで決して信念を曲げることなくお店の誇りを守ることを選んだ江本さん。
平成が終わりを告げるとともに、兜町の大きな歴史がまた一つ幕を閉じるという点では大変悲しいことですが、それでも自分はこの最後ほどかっこ良いものはないのではないのかなと思いました。
『松よし』そして江本さん、
本当に長い間おつかれさまでした。
~関連情報~
松よし
[住所]中央区日本橋兜町9-5
[アクセス]東西線茅場町駅 徒歩3分
[電話番号]03-3666-0732
[営業時間]ランチ 11:00~(なくなり次第終了)
[定休日]土曜日・日曜日・祝日
[店舗情報]2018年12月28日付で閉店
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