2025.07.04

【かぶかや・ヒューマン】#27 調香師 山内みよさん フレグランスロビー

 2024年12月、渋沢栄一ゆかりの歴史ある「日証館」1階に誕生した、新たな香りの拠点「フレグランスロビー」。香りの魅力に触れ、心地よい時間を過ごしてもらいたい——そんな思いからこの場所を開いた調香師・山内みよさんにお話を伺いました。



◆香りの世界に魅せられて

——調香師になられた背景についてお聞かせください。

幼少期を過ごしたスペインが、香りとの関わりの原点です。現地では、香水が日常生活に溶け込み、古くからのご家庭には、調香師がブレンドした香りで空間を整える文化が根づいていました。そうした日常に触れるなかで、自然と香りのある暮らしに憧れを抱くようになりました。父が出張するたびに買ってきてもらう香水も楽しみのひとつでした。


社会人になってからは、アパレルやインテリア業界で働いていたのですが、何かが足りないと感じるようになり、その理由を探るなかで、香りが欠けていることに気づきました。

そこから調香を本格的に学び、2007年に自身のブランド『Aronatura(アロナチュラ)』を立ち上げました。以来、空間を香りで演出する「スペースアロマ」というコンセプトのもと、ホテルや商業施設、クリニックなど、さまざまなシーンで香りによるストーリーを表現しています。


——そうしたバックグラウンドを経て、昨年「フレグランスロビー」が誕生したのですね。

はい。2024年12月、兜町・日証館に「フレグランスロビー」を開設し、新たな香りのブランドとして『LAURASIA(ローラシア)』を立ち上げました。日本発の香りを世界に届けたいという思いを込めた、新しい挑戦です。



——調香師という職業にはなじみのない方も多いと思います。どのようなお仕事か教えてください。

「調香師」というと、香水をつくる人というイメージが強いかもしれません。化粧品会社での香料の開発や、食品業界でのフレーバリストといった職種もあります。

私自身、学びの中で人工香料も扱いましたが、その過程で天然香料の奥深さに改めて魅了され、天然香料に特化するようになりました。香りによって心地よい空間を作る「スペースアロマ」を専門にしています。


香りが空間の雰囲気や人の気持ちを変える——そんな力に魅せられて始めたこの仕事は、やがてお客様からのご要望とともに発展し、今では化粧品や雑貨商品を扱う企業と提携して、商品のプロデュースも手がけています。



——天然香料にこだわりをお持ちなんですね。

はい。やはり幼少期を過ごしたスペインでの経験が大きいと思います。周囲にはラベンダーやローズマリー、タイムといった香り高いハーブが自然にあふれ、植物に触れたり、香りをかいだりすることが日常の一部でした。そうした環境の中で、五感が研ぎ澄まされていったように感じています。


通っていた学校も、自然との共生を大切にしていました。フィールドワークの一環で、山を歩いたり農作業を体験したりするほか、かごを編んだり、ローズマリーを蒸留して消毒液のチンキを作ったりもしました。


自然の中で、そのエネルギーを五感で感じてきた原体験が、天然香料へのこだわりにつながっているように思います。



◆兜町で香りの文化を育む

——兜町に出店したきっかけを教えてください。

キャリアを積む中で、もっと落ち着いた空間で対話をしながら、香りの魅力を丁寧に届けたいという思いが強くなりました。建築やインテリアにも関わってきた経験から、街並みの美しさも大切にしていたところ、この日証館とのご縁をいただいたんです。


兜町は、金融街という顔を持ちながら、文化やクリエイティブが根づきつつある街。この街に香り専門のお店がなかったということもあって、空間に香りがあることの心地よさを広めたいと思い、この場所で出店させていただくことになりました。



——フレグランスロビーでは、具体的にどのような体験ができるのでしょうか?

香りの展示や販売に加えて、企業空間への「スペースアロマ」のショールームであり、特に力を入れているのが「パーソナルブレンディング」という体験型のサービスです。カウンセリングを通じて、世界にひとつだけの自分専用のルームミストをつくることができます。


香りの好みはもちろん、子どもの頃の夢や好きな音楽といった、一見関係なさそうなお話からも、その人の内面や感性を丁寧に引き出していきます。


体験はおよそ60分間。まずベースとなる香りをひとつ選び、次に16種類の天然香料の中から2種類を選んで重ねていきます。好みのバランスで香りを仕上げていくので、まさに「その人だけの香り」が生まれる特別なひとときです。



——パーソナルブレンディング、楽しそうです。

完成した香りは、80mlのルームミストとしてお持ち帰りいただけるんですよ。ボトルには8文字以内でお好きなメッセージをラベルに印字することが可能です。自分用にはもちろん、大切な方へのギフトとしてもご好評いただいています。


香りを通して自分自身と向き合い、心がほどけていく——そんな時間を過ごしていただけたらと思います。

ルームミストは、空間にスプレーして香りを楽しむのはもちろん、ふんわり身にまとうような使い方もおすすめです。


——どんなお客様に来てほしいですか?また、どのようなシーンで使ってほしいですか?

どなたにでも気軽に来ていただきたいと思っています。香りって、まだ日常的に取り入れる方が限られていて、洋服を選ぶように日常使いする方は多くないかもしれません。でも、何かのきっかけで香りの魅力に触れると、ふとした瞬間に身の回りの香りとつながるようになるんです。たとえば、道端でゼラニウムの香りがしたときに、「あ、あの香りだ」と思い出すといったような形で。そんなふうに、日常の中に彩りや気づきをもたらしてくれるものとして、香りの世界を楽しんでもらえたらうれしいですね。


利用シーンについても、特に決まりはありません。ギフト選びや気分転換など、さまざまなシーンで気軽にご利用いただければと思います。天然香料は合成香料とは異なり、「今の自分の状態」をより繊細に映し出す側面があるため、そのときの心や体の状態によって、自然と選ぶ香りも変わってきます。たとえば、仕事モードで来られた方が、次はご家族と一緒に訪れてまったく違う香りを選ばれたり、前回は選ばなかった精油が今回はしっくりきたり。その時々の自分に寄り添う“お守りのような香り”が生まれる——それも、天然香料ならではの奥深さだと感じています。



◆街と香りをつなぐ実験室

——地域とのコラボレーションも行っているそうですね。

はい。お隣のカカオラボ『nib』さんとは、デザートで使われたスパイスや果皮を再利用し、香りを抽出する取り組みを行っています。また、屋上菜園プロジェクト『Edible KAYABAEN』で育った植物を店内に飾ったり、摘みたてのハーブで淹れたお茶を提供したりすることもあります。

最近では、蒸留器を活用したイベントのご要望もいただいています。これからも街とのつながりを大切に、いろいろな形で香りを届けていけたらと思っています。



——『LAURASIA』について教えてください。

『LAURASIA』は、かつて存在したとされる超大陸の名に由来しています。香りを通じて、人と自然、文化との深いつながりや融和の精神を伝えていきたい——そんな思いから誕生したブランドです。


海外ブランドの影響が強い香りの分野において、日本発の香りを世界に届けることも、私たちの大きな目標です。

これまでホテルなどで手がけてきた空間演出の経験を生かし、「香りで空間に物語を添える」——そんな感性に響くような香りの提案を、ローラシアから世界に届けていけたらと考えています。



——日証館のために調香した香りもあると伺いました。

はい。「錦秋(きんしゅう)」という名前をつけた香りで、販売もしています。 日証館は、渋沢栄一の邸宅跡地に建ち、戦後は東京証券取引所の別館として、日本経済の復興とともに歩んできた歴史ある建物です。関東大震災や戦争を経てもなお、何度も復活を遂げてきたこの場所には、多くの人の想いや記憶が折り重なっています。川沿いに灯がともる夕景は、往時の憧れの象徴でもありました。そうした「記憶の層」や「たたずまい」を、香りというかたちで未来につなげたい——そんな思いから生まれた香りです。


調香では、ローズマリーやホーウッド、クローブリーフ、シダーウッドアトラス、ベルガモットといった天然香料を用い、この地に息づく力強さや静かな時の流れを感じさせるブレンドに仕上げました。


日証館に導入後は、入居する企業の方々や、来訪されるお客様からも「癒される」「心地よい」とご好評をいただいています。来客対応の場での雰囲気づくりや、自然と会話が生まれるきっかけにもなっていて、香りが場の空気を和らげ、コミュニケーションをスムーズにしてくれるという声も寄せられています。


「錦秋」とは、木々が紅葉し、錦のように色づく秋の風景を表す言葉。この香りを通して、幾度となく移ろいながらも力強く在り続けるこの街の姿と、そこに宿る美しさを感じていただけたらうれしいです。



◆香りが導く未来の風景

——香りが社会課題の解決につながる可能性があるとの記述を拝見しました。どのような可能性があるのでしょうか?

少し大きな話になりますが、天然香料の原料は世界各地で栽培されており、気候変動や経済状況など、さまざまな課題と隣り合わせにあります。天然香料を安定的に調達するためには、栽培家の方々の生活を守る視点も欠かせません。私たちは、持続可能な調達体制を重視し、倫理的な取引を行う商社やサプライヤーと連携しながら、香料を仕入れています。


また、香りという切り口から、国内の休耕地や地方の農業に新たな可能性をもたらすことができるかもしれません。

すぐに大きな変化を起こせるわけではありませんが、ひとつひとつ丁寧に取り組むことで、香りを通じて社会に小さなインパクトを積み重ねていけたらと思っています。



——今後の目標について教えてください。

これまでと変わらず、より多くの方に天然香料の魅力を知って楽しんでいただきたい、という思いを大切にしています。

天然香料と合成香料にはそれぞれ異なる役割があります。香りの特性を理解し、適材適所で取り入れることで、より快適で豊かな暮らしを実現できる——そんな香りとの付き合い方を伝えていけたらと思っています。


日本から世界に誇れる香りのブランドを育てていきたいという大きな夢もあります。海外から日本を訪れる方々の中には「日本のホテルなのに、なぜ海外ブランドの香りが使われているの?」と不思議に思われる方もいらっしゃいます。日本人の感性や文化を生かした香りで、おもてなしができるようにしていきたいですね。


◆「深呼吸をしにいらしてください」

——最後に、この街や読者の皆さんへメッセージをお願いします。

ぜひ、深呼吸をしにいらしてください。ここで香りの魅力や心地よさに触れていただけたら、それが何よりの喜びです。


金融街として堅いイメージのあったこの街が、昔ながらの良さも残しながら、新しい文化を取り入れて変わりつつあります。そんな移ろいの中で、この場所が多くの方にとって癒しの拠点になれたらと願っています。



取材・文:柴田幸恵


▪️店舗紹介 フレグランスロビー(Fragrance lobby

 東京都中央区兜町1-10 日証館1階 公式インスタグラム

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