2023.09.15

【蔵元トーク】#58 美濃天狗(埼玉県可児市 林酒造)

こんにちは!
兜LIVE編集部です。


7月15日(土) 、『日本酒を蔵元トークとテイスティングで楽しむ』を開催しました。
今では国際金融都市といわれる日本橋兜町。


江戸時代には日枝神社の門前町として栄え、酒問屋で賑わっていた「日本酒の聖地」でした。
東京証券取引所において初上場時の5回の鐘撞は、酒の原料である五穀豊穣にちなんでいるとのこと。
平日は賑わうこの兜町に、休日にも人が集まってもらいたい。そんな願いから日本各地の蔵元を招き日本酒について学び、味わい、楽しく交流し、その魅力を、兜町の魅力といっしょに広め、お酒が地域と人をつなぐ場所...。そんな場所に発展するように願いを込めて、毎月1回日本酒セミナーを開催しています。


今回は、岐阜県可児市で「美濃天狗」を醸す林酒造代表取締役の林伊兵衛さんをお迎えしての開催でした。岐阜県は3蔵めとなります。
林さんから、蔵の歴史や酒造りのお話に加え、税収の歴史や新たなチャレンジについてお聞かせ頂くことができました。
どうもありがとうございました!




◆ 蔵の概要

・蔵は岐阜県可児市にある。上に高山市がある。高山県といわれるように岐阜県では特別な地域。こちらは観光ブームでインバウンドがすごく高山は400万人くらい来る。小京都みたいな街。南の西濃や私どもの美濃地区はそれほど知名度がない。隣が多治見市で陶磁器の町。蔵の近くだと魯山人が造り始めた志野焼発祥の地。蔵から山のほうに行くと産地があり大きな釜の跡がある。陶片がたくさん落ちていて、ご一緒した先生に伺うと1600年くらいのものだそうだ。北に行くと日本海側のほか、愛知県や全国に焼き物が広まった。1600年台は江戸時代で、徳川家康などが陶器を広めたことで有名である。



・元禄2年(1689年)、林新右衛門が分家して初代の「林伊兵衛」になり、九代目が明治7年(1874年)に酒造を創業した。私が十二代目の「林伊兵衛」となり、初めて杜氏を兼ねた(蔵元杜氏)。蔵元杜氏になって14年目になる。東北震災の頃から、自ら10月から造りに関わり、翌年の1月から杜氏に来てもらって4年間継続していた。その後、私が杜氏に「自分一人でやってみる」と申し上げたところ、杜氏は上京せずに病院に入院することになったのだが、そのまま病院で亡くなってしまった。


・農大を1982年に卒業し、問屋さんで2年間営業の勉強をした。その後、滝野川の醸造試験場に2年間くらいお世話になった。当初、酒造りに対する意識はさほどなかったが、初めて煉瓦造りの試験場で吟醸酒の全国鑑評会が開催されていることを知り、たくさんの人が並んでいるのを見て、酒造りに対する意識が変わった。その頃、山形県「出羽桜」の仲野さん、滋賀県「松の司」の松瀬さんと一緒に勉強した(良く飲んだ<笑>)。いまでもお付き合いがある。


◆ 酒造り

・蔵に戻ってから酒造りをいろいろ試してみたが、お酒造りは難しいことを知った。醸造技術の専門書があり、そこにある程度、お酒の造り方が書いてある。専門書をみてやれば大概造れる。自分も高校生の頃から蔵に入って杜氏と一緒にお酒造りの作業をしていたので、ある程度、作業のことはわかるが現実的なことがわからない。



・自分でやり始めて何が違うかと言ったら、お酒を仕込んで温度管理などをやるが、一番の勉強になるのは「分析」を毎日することである。醪を取って、今日の温度、アルコール、酸度を毎日調べると発酵具合がだんだんわかってくる。「分析」というと簡単に聞こえるが、慣れないと「分析」が安定しない。安定してくると、アルコールがわかるようになる。温度が15℃一定であれば良いが、暑い時期だとすぐに温度が上がってしまう。温度も、当蔵はアナログなので温度計を刺しこんでやっているが、今どきのタンクはセンサーが付いていて一定にしてくれる。もっとも、1トンくらいのタンクになると中央部分と外側、上と下で温度が全く違う。それをいかに見分けるかが重要である。仕込んですぐの時はお米が水を吸うのでパンパンに張っているため、温度計は醪に刺さらない。センサーが上か下かで温度が違う。仕込み上は止めた時に7℃にしなさいといわれるが、なかなか7℃にできない。やっと7℃にしても、全体の温度は7℃にならない。それを見分けるのに10年くらいかかった。10年経って、温度計ではなく、つら(表面)の状態(硬いのか柔らかいのか)、泡が上がっているのかどうか、それらをみて判断して分析する。現場をみながら分析すると酒造りがわかってくる。一方で、分析できるようになるのに時間がかかるので、今だと、ちょっとお金を出せば、機械が測ってくれるので、アルコール度数、酸度を正確に図れると思う。


・相手は生き物なので、現場をみながらそういった経験を踏まえて機械を使うのか、いきなり機械を使うかによって、意識がかなり違ってくると思う。


◆ 銘柄

・当蔵には銘柄は3銘柄がある。
富輿(トミコシ):輿入れ先が豊かに
美濃天狗 :古井の天狗山から
光秀 :生誕地から

<美濃天狗>
・現在、もっとも力を入れている銘柄。40年前から東京で売っていた。昔はどれだけ量を飲めたということが自慢だったが、今はいろいろな銘柄を飲んだということが自慢になるので、同じ銘柄を飲んでもらえない辛さがある。まさにワインみたいな飲み方になっている。こうしたことから、それぞれのメーカーはいろいろなタイプのお酒を造っている。


・美濃天狗の場合、28、35、40、50、60%精米のお酒があるが、40%までの純米酒と吟醸酒(アルコール添加)は山田錦、50、60%の純米吟醸、美濃のつらら酒、夏氷、白麹祐は地元のお米を使っている。




・純米酒と吟醸酒では、ほぼほぼ半々で市場に出ている。特定名称酒ではない(パック酒に代表される)普通酒は、コスト的なこともあり売れている。特定名称酒と普通酒についてどちらが良いとか悪いとか思っていないが、地方の蔵は現実的に普通酒を造っている先が多い。一方で、パック酒を大量に売ることができないので、特定名称酒の製造量のほうが圧倒的に多くなっている。


<光秀>
・3年前の大河ドラマ「麒麟がくる」で明智光秀が取り上げられたが、蔵は光秀の生誕地のすぐそばにある。「光秀」銘柄は、さらに40年前に大河ドラマ「国盗物語」のときに商品化したもの。「麒麟がくる」では、本能寺の変の後、3日天下で終わらず、生死がわからないままドラマが終わる。実は、10年前から光秀は良い人ではないかという話が出てきたが、それまでは、小中学校における歴史の授業の影響か「良いやつではないのではないか」という意識があった。





・武将を銘柄とするお酒は結構あるが、上手く販売できるところは一部で、なかなか売り切れないため、メイン銘柄にはしづらい。現在、「麒麟がくる」で皆さんの意識が変わったのか、「光秀」は3年前から順調に売れている。


・栃木県の日光に明智平というところがある。現実的には考えづらいが、栃木県の観光案内などをみると、明知平は明智光秀と徳川家康が名付けたのではないかとか、日光東照宮を造ったのは、明智光秀と徳川家康ではないかと記載されているものがある。地域として武将を称え、街づくりに活かしていくのは1つの手段ではないか。正しいかどうかは別にして、歴史は塗り替わっていくので、私としては光秀が蔵の近くで生まれているということなので、地域としてもっと盛り上げていきたいと考えている。


◆ 税収と日本酒

・税収の年表を作成した。長い間、酒税が国税の税収を担ったことが、酒造業が150年、200年と同じものを造り続けて来ても、商売ができたということだと思う。


1871年(明治4) 清酒、濁酒、醤油醸造鑑札収与並収税法規則の制定*
1875年(明治8) 酒類税則の制定
1896年(明治29) 酒造税法の制定(清酒・濁酒・白酒・味醂・焼酎を対象)
1899年(明治32) 国税収入の35%が酒税
1902年(明治36) 国税収入の42%
1935年(昭和10) 所得税に抜かれるまで30年以上トップ
1940年(昭和15) 酒税法の制定(造石税、庫出税の併課)
1945年(昭和20) 第二次世界大戦後の三倍醸造**
1950年(昭和25) 国税収入の18.5%
1953年(昭和28) 酒税法(現行法)の制定
1989年(平成元) 租税収入 46兆 酒税 2兆
2023年(令和5) 租税収入 70兆 酒税 1.1兆


*監察制度とは、行政庁に願い出て鑑札を受けなければ営業できない制度。
**米と米麹で作ったもろみに清酒と同濃度に水で希釈した醸造アルコールを入れ、これに糖類(ぶどう糖・水あめ)、酸味料(乳酸・こはく酸など)、グルタミン酸ソーダなどを添加して味を調える。こうしてできたお酒は約3倍に増量されているため、三倍増醸酒などと呼ばれる。


・1935年(昭和10年)に所得税に抜かれるまで、酒税が30年以上トップだった。
・1945年に世界大戦が終わった後に、三倍醸造という製造方法が出現。特定名称酒を飲まれる方は「良くない酒」と思われがちであるが、私個人はそう思っていない。米不足の際に、三倍醸造があったがゆえに国の税収をかなり賄い、戦後の高度経済成長に寄与したと考えている。問題の本質は、三倍醸造が長く残り続けたことではないか。三倍醸造中心の製造を変えたのが「越の寒梅」といった本醸タイプのお酒が登場したことや、名門酒会、雑誌「特選街」といったファクターが出てきたことによる。そのころになると、国税に占める割合が18.5%となり、今では1%程度となった。


◆ 日本酒の良さ

・三倍醸造はなくなったが、(二倍醸造のような)普通酒というお酒がある。


・当蔵では冬にイベントを開催している。一合瓶の「上撰」という普通酒があり、寒いので熱燗にして飲むのだが、これが非常に良く売れる。普通酒は甘くなく、すっきりしているし、熱燗はお酒の本当の味がわかる。日本酒は食中酒なので、お燗を飲みながら鍋などをつまむと最高である。


・ワインも食中酒だが、酸が高いので、脂っこい料理を酸でリセットするのに良い。酸のあるワインと生ものを合わせると生臭かったりする。日本酒の場合は相性が合う。なぜ、そうなるかというと、一番の大きな理由は水に要因がある。日本は軟水が多い。神戸にある大手酒造メーカーで使用している水は「宮水」といって硬水であるが、ヨーロッパみたいな硬水ではない。日本がほぼほぼ軟水の国なので、食べ物も淡白なご飯、刺身のような食材と日本酒が合うのだと思う。


◆ 発酵の種類

▼並行複発酵:日本酒だけ
同じタンクの中で糖化と発酵させる。
▼単行複発酵:ビールだけ
糖化を行ってから、別のタンクに入れて発酵させる
▼単発酵:ワインだけ
ブドウが甘いので糖化が進んでいて、酵母をいれることで発酵する。
―― 他のお酒は蒸留酒になる。


◆ 清酒と日本酒の違い

▼清酒
米・米麴・水で造られたもの
現在は世界17ケ国で製造されている。
▼日本酒
米・米麴・水で、「日本」で造られたもの


◆ 林酒造の酒造り

▼水
・久々利川の伏流水
・イオン交換で濾過
・ヤシガラ炭、活性炭濾過後使用
▼酵母
酵母が酒質に大きき関わる。
G酵母・G2酵母
大吟醸系は310酵母使用


▼一麹・ニ酛・三造り(酒造りのキーワード)
【麹】
役割:米のデンプンを糖化させる
稲麹:自然界で発生している中国、韓国からの伝来説
国菌:日本独自の菌、長い時間使いこなすし、偶然性が造り出した菌(毒性を消した菌
黄麹(清酒)、白麹(焼酎)、黒麹(泡盛)
【酛(酒母)】
麹の役割 米のデンプンを糖化させる
酵母の役割 糖分をalcと炭酸ガスに分解
速醸酛・高温速醸(7日〜14日)
(速醸系酒母)乳酸添加で雑菌の繁殖を抑える
(生酛系酒母)乳酸菌に乳酸を作らせる
【造り】
・添え・踊り・仲・留の三段仕込み
・添温度12度、踊り温度14度、
・仲温度7度、留温度7度
・醪最高温度13度、醪日数22日
➡造りの作業は全て温度管理


◆ 新たな酒造り

63才で、杜氏仲間では高齢の方であるが、今の酒造りは面白いので、まだまだ諦めることなく挑戦していきたい。
地域米の活用 GI(地域証明)美濃で作ったお米
地域酵母(伝統型、既存酵母、新型酵母等)
独自の味の探求
★一麹・ニ酛・三造りの再構築


◆今回のお酒について

■利き酒3種 お酒の説明
美濃天狗 大吟醸かくれ里



全量酒造好適米を40%迄丁寧に自家精米し、手造りの小仕込みで、もろみ温度を12度以下の25日以上の醗酵を目指した、少量のアルコール添加で味のバランスを整えた大吟醸。無濾過生原酒でありながら、フルーティーな香りと、大吟醸ならではのコクを楽しめる。


美濃天狗 吟醸氷点貯蔵




その年にできた新酒を、‐5℃(氷点)の冷蔵庫に瓶貯蔵してじっくりと寝かしたお酒を、味が落ち着いた頃に14度に加水。夏場の暑い時期に、スッキリとした喉越しと純米酒のコクを残しました。冷やしてお飲みください。


美濃天狗 夏氷




生原酒の味と香りをそのままに、だけど、生原酒は濃い夏場、夏用の日本酒、低アルコール12度、自然の醗酵ガスが香りと絡み、爽やかな喉越しを感じる。スイスイと飲める日本酒。


美濃天狗 純米白麹仕込み


フルーティーで甘酸っぱい、どこか白ワインにも似た新感覚の日本酒。通常の日本酒造りで使う黄麹に加えて焼酎に使う白麹も使用。クエン酸による甘酸っぱさが特徴。さっぱりとした口当たり。グレープフルーツのような爽やかさ。変化しながらもしっかり残る余韻。
with you・for you 「祐」は、大切な人の力になる、助ける という意味。




それでは乾杯!



◆最後はみんなで集合写真

・毎回、恒例の集合写真です。オンライン参加者もご一緒に!



ところで、林さんの左隣の方は???


◆まとめ

岐阜県可児市や蔵のお話、税収の歴史、そして明智光秀についてなどなど、多岐に渡り盛り興味深い内容でした。ぜひ、岐阜県可児市で飲んでみたいですね。林さん、ありがとうございました!


<懇親会は茅場町食堂にて。なんと!林酒造林社長と平和不動産(株)土本社長は中学・高校の同級生でした!!>



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