2026.09.05
こんにちは!
兜LIVE編集部です。
6月27日(土) 、『日本酒を蔵元トークとテイスティングで楽しむ』を開催しました。
今では国際金融都市といわれる日本橋兜町。
江戸時代には日枝神社の門前町として栄え、酒問屋で賑わっていた「日本酒の聖地」でした。
東京証券取引所において、上場時の5回の鐘撞は、酒の原料である米を含め、五穀豊穣にちなんでいるとのこと。
平日は賑わうこの兜町に、休日にも人が集まってもらいたい。そんな願いから日本各地の蔵元を招き日本酒について学び、味わい、楽しく交流し、その魅力を、兜町の魅力といっしょに広め、お酒が地域と人をつなぐ場所…。そんな場所に発展するように願いを込めて、日本酒セミナーを開催しています。
今回は、宮城県栗原市で萩の鶴を醸す萩野酒造代表取締役社長の佐藤曜平さんをお迎えしての開催でした。宮城県からは4蔵めになります。どんなお話をお聴きかせいただけるのか楽しみです。

・宮城県の日本酒の特徴ですが、特定名称酒の割合が非常に高い、普通酒の製造量が極端に少ないということです。
・基本的に日本酒は「特定名称酒」と「普通酒」に分けられます。「特定名称酒」は「純米酒かどうか」「原料の米をどのくらい削っているか」という基準に則った日本酒のことで、それ以外を「普通酒」と呼んでいます。

・簡単に言ってしまえば、特定名称酒はいわゆる高級酒と呼ばれるものです。

・もともと酒税法上および流通上の分類体系として「特級」「一級」「二級」などに日本酒を分類されていましたが、1990年代に入ると、吟醸酒や純米酒など高品質な日本酒が増え、従来の等級制度では品質の多様性を反映できなくなりました。また、等級と実際の品質や価格が必ずしも一致しないケースが増え、1990年から新しい分類体系への移行準備を開始し、1992年に等級制度を完全に廃止しました 。
廃止後は、精米歩合や製法に基づく「特定名称酒」や「普通酒」といった分類が主流となり、ラベルには原料米名、産地名、精米歩合などの情報が表示されるようになりました。一方で、純米吟醸とはこういうものであるとか、純米大吟醸はこんな感じ、純米はこんな感じなので、値段は一升瓶だと何千円ぐらいといったような判断基準が出てきてしまったような感じがします。そのため、精米60%なのに一升瓶で5000円するのかとか、なんで純米なのにこんな高いのかと言われることが多くなり、そういった精米歩合などだけに縛られない、いろいろな付加価値を蔵元は探していますので、特定名称をあえて書かない酒が最近は増えてきたと思います。当社も商品によっては純米吟醸とか書かないです。
・普通酒は、いわゆる特定名称酒以外のお酒です。三倍増譲清酒(三増酒)というものがあるのですが、これは、第二次世界大戦後の米不足の際に導入された清酒に類似した酒の一種、増醸酒の通称です。米と米麹で作ったもろみに清酒と同濃度に水で希釈した醸造アルコールを入れ、これに糖類(ぶどう糖・水あめ)、酸味料(乳酸・こはく酸など)、グルタミン酸ソーダなどを添加して味を調え、こうしてできた増醸酒は約3倍に増量されているため、三倍増醸酒・三倍増醸清酒などと呼ばれました。2006年の酒税法改正により、副原料の使用量は白米重量の50%以下に変更されたため、現在は二倍増醸清酒(二増酒)ということになります。
・だいたいのイメージですが、純米酒は米と水のお酒100%だとすると、本醸造は醸造アルコールがこれぐらい入っていますというイメージです。アルコール添加タイプの普通酒は限界量以上にアルコールを入れたものです。三増酒は、戦中戦後の米不足から生まれましたが、非常に儲かるので戦後造り続けていました。

・特定名称酒比率の比較ですが、2021年、宮城県は93%が特定名称酒で、7%弱しか普通酒を造っていない県でした。もっとも、この6.9%の中に皆さんご存知かもしれませんけども、一ノ蔵のすず音というお酒が入っています。特殊な製法なので純米酒を名乗れないため、普通酒に入っています。一ノ蔵のすず音も結構造っているので、それを除くと限りなく100%に近いような特定名称酒比率と思われます。東北では65%強が特定名称酒、35%弱は普通酒です。一方で、全国では65%がまだまだ普通酒です。ランダムに100本日本酒を並べたら65本が普通酒というのが実際の日本酒の世界です。皆様が普段飲んでいる純米吟醸は極めて小さな領域になってきます。

・もっとも、宮城県の特定名称酒比率は日本一ではありません。沖縄は酒蔵が1つで本醸造しか造っていませんので、特定名称酒比率100%となります。
・宮城では慶長9年(1604年)、亘理という海沿いの町で、武田源左衛門が町酒屋として酒造りを始めたのが最初とされています。その数年後の慶長13年(1608年)、伊達政宗公による仙台藩の御用酒屋がスタートします。仙台藩主伊達政宗公は柳生但馬守宗矩(剣の達人、いろいろな漫画でもしばしば出てくる)の紹介により、奈良県の榧森(かやのもり)に住んでいた又五郎を召請し、青葉城三の丸の南に酒造蔵と住居を与え、酒造りを始めました。酒蔵は政宗公自らが縄張りしたと伝えられています。伊達政宗公が宮城の酒の源流になります。
慶長13年(1608年)、仙台藩の御用酒屋がスタートし、榧森家は12代にわたって御酒御用を務めて、 仙台領内の町酒屋と競い合ったということです。伊達政宗公は大変お酒を好み、27種類の酒を造っていたと言われております。
因みに、杜氏が奈良から招請されていますが、奈良と酒造りはとても深い関係にあります。現在の日本酒造りの基礎は1400年代初頭の室町時代に確立したといわれ、日本酒発祥の地が奈良だということになっています。
・南部杜氏の酒造りの技術は、花巻など岩手県の人達が編み出した技ではなく、大阪から輸入された技術でした。南部杜氏は1678年に近江商人の村井権兵衛が岩手県の紫波町上平沢で酒造りを始めたことに起因しています。当時、日本一の酒の産地は大阪・池田酒といわれており、池田酒の名で全国的に知られていました。兵庫県の伊丹酒や灘のお酒に取って代わられるのは江戸中期です。池田酒は仙台のお酒と比較すると同じお米の量で4割以上も多く製造されていたといわれています。
・江戸時代後期(文化・文政時代)は、造り酒屋の新規参入が一気に増え、その後の天保の大飢饉によって財政難にあった伊達藩は酒造免許の自由化を行いました。米の出来不出来で酒造制限があるものの、藩内には210軒程度、うち仙台に56件の造り酒屋が存在したそうです。南部杜氏が岩手県外に出稼ぎする伝統もこの頃形成されていったといわれています。現在の宮城の造り酒屋24社は、全て南部杜氏の流れをくんでいます。

・南部・昭和50年からの宮城の出荷状況のグラフです。昭和57年付近で一度盛り返すも長続きせず、出荷は落ち込んでいきました。

・それまで宮城の酒は、そのほとんどを県内及び近県で消費されておりましたが、昭和50年以降、東北自動車道の延伸や昭和57年の東北新幹線開通を機に、人、モノ、情報の往来が激しくなり、県内消費者の動向に変化が見られるようになったこと、また県内市場が、灘伏見、東北他県の日本酒や他の酒類が県内市場に流入(関税の税率の変化、ファミレス等の洋食の台頭)してきたことが、県内蔵元の出荷量減少の原因になったと思われます。組合は、生き残りをかけて対策を検討しました。全国的な大メーカーの大量生産に、低価格競争ではかなわないため、必然的に質で勝負するしありませんでした。宮城ならではの特色ある、魅力ある商品を開発していくことになりました。昭和61年、ササニシキ100%の純米酒造りを全組合員(酒造組合加盟蔵元)が行うことを決定しました。

・当時、「トヨニシキ」が県内では多く使われておりましたが、作付が限定されており、人気のササニシキに押され作付が増えず、安定的な米の入手が問題でした。この頃は、宮城の米と言えば「ササニシキ」が全国に有名で、美味しい米と評判であり、かつ安定的に入手が可能でした。美味しい米からは美味しい酒ができるはずとの理念のもとに企画を検討しました。食味が良い米の酒造りの難しさは、米が小さくて硬いために特に麹造りが難しいのです。ササニシキは麹造りが難しいこともあり、一部に反対意見もありましたが、「宮城の蔵元が生き残りをかけて新しい挑戦をする」ということで、泊りがけの全体会議で当時の酒造組合会長、副会長が事の必要性を説き、全蔵元でササニシキ100%純米酒に取り組むことになりました。組合員全体で技術を開示し合い、協力しながら努力を積み重ねたこと、また仙台国税局鑑定官室、宮城県産業技術総合センターのご指導により、その後ササニシキに適した原料処理の仕方を取得するに至っています。
全組合員が足並みを揃え、ササニシキ100%の純米酒造りを始めることになり、「良い酒・うまい酒造りに努めることを約束します」と昭和61年11月1日、宮城県酒造組合は「みやぎ・純米酒の県宣言」を行いました。また、「仙台城内に、自らの縄張りをして酒蔵を造り、杜氏を呼び寄せ酒造りを始めた、お酒好きの伊達政宗公」にちなみ、政宗公が飲んだ酒1万本プレゼントを実施し、大きな反響を呼びました。
・県宣言の翌年からは、魅力ある新製品の開発に取り組み、平成2年に発売したのが写真の「伊達っ子ボトル」です。

・デザインは、当時売出し中のデザイナー河北秀也氏によるもので、伊達政宗の甲冑をイメージしています。宮城の蔵元が全社参加した統一パッケージの商品で、全国的にも統一ラベル商品のさきがけとなりました。
・平成5年には、高い品質を保つために仙台国税局鑑定官室、宮城県産業技術総合センターにご協力いただき、「品質基準制度」をスタートしました。一定以上の品質に達しないと、「伊達っ子ボトル」に詰めさせないなど、自らに厳しい条件を課すことで品質を守りました。伊達っ子ボトルは、平成5年にひとめぼれ特別純米酒がラインナップに加えられ、ササニシキ、ひとめぼれ純米酒の味の違いが消費者の興味を呼び、ギフト用途にも数多く使用されました。
・平成10年には、「みやぎ純米酒の県」新宣言における新戦略案がまとめられました。
■ 宮城の純米酒の楽しさを伝える
■ 食生活を豊かにすることに貢献する
・平成19年には、「みやぎ発・もっと日本酒プロジェクト」を立ち上げ、以下の2点に注力しました。
① 商品情報提供の充実
・商品情報提供ガイドラインの策定
・「みやぎの酒・選り取りナビ」のサービス開始


② 日本酒愛好家の皆様との交流の充実
・日本酒サポーターズ倶楽部・宮城の創設

・定例きき酒会等のサポーターイベントの提供(年4回)(現在は年に2回)

・みやぎ・純米酒の県宣言以降の、組合の取り組みです。

・宮城の純米酒を広く知っていただくため、新しい商品の開発やイベントを開催しました。「純米酒はお米をより消費する酒」ということで、いろいろなイベントの際、全農みやぎにはライシーレディの派遣やお米のご協賛をしていただき、県産酒のPRにご協力いただきました。

・宮城の酒を応援する日本酒サポーターズクラブ宮城というのがあります。無料のメール会員になりますと、いろいろなイベントなどをご案内しますので、登録していただければありがたいです。
・「みやぎ・純米酒の県宣言」当時(昭和61年)、県内では酒造好適米がほとんど作付されておりませんでした。酒造好適米は県外からの入手に頼っていましたが、不作の時は供給を断られることがあるなど、入手に苦労してきました。安定的な酒造好適米の入手、また、地産地消の観点から、是非、宮城の地の酒造好適米が欲しいという機運が高まり、昭和62年、宮城の酒造好適米の開発を古川農業試験場に依頼しました。
・それから10年余りを経て、平成9年、「東北140号」を母、「東北140号」と「山田錦」を掛け合わせた米を父として交配された、県内蔵元待望の酒造好適米「蔵の華」が誕生しました。現在では、県内で7,000俵近く作付されており、宮城県産酒には欠かせない主力の米となっています。

・その後令和2年には、「吟のいろは」が誕生しました。



・米とともに、酒造りの主役である酵母は、宮城県産業技術総合センターの協力により、昭和61年以降これまでに3タイプを開発しました。「宮城・マイ酵母」は、より純米酒造りに向く酵母として開発され、平成13年にデビューしました。「みやぎ酵母 愛実」は平成14年にデビューした低アルコール酒用酵母です。新たな需要層を開拓するため開発され、新しいジャンルの日本酒を製造することができました。
・平成22年には、新たな宮城発の吟醸酒用酵母として、「みやぎ酵母 ほの馥」が登場、現在多くの蔵元で使われています。宮城は多様な香味のお酒が揃うラインナップへ進化を遂げました。
■ 宮城A : 酢酸イソアミル系の穏やかな吟醸酵母
■ 宮城B : 高カプロン酸エチル生成型、大吟醸向け
■ 宮城マイ酵母:浦霞酵母(きょうかい12号)がベースの純米型
■ ほの馥 : 宮城Bよりも穏やかな吟醸型
・純米酒の県宣言以降の課税移出数量の推移を見ると、昭和61年を100とした場合、令和3年度、宮城は47.3%となっています。東北は23.8%、全国は28%まで落ち込んでいます。

▼蔵の概要
▼宮城県栗原市のご紹介

▼有壁(ありかべ)について

▼東日本大震災の発生
・平成23年3月11日、東北地方に大震災が発生し、宮城、福島、岩手に大きな被害がでました。宮城の蔵元25社においても、全壊判定6社、大規模半壊3社、半壊14社という被害を受け、一部の蔵元ではその被害の大きさに廃業も意識する組合員もいたほどでした。

・栗原市は、最大震度7を記録しました(平成20年の岩手・宮城内陸地震で6強、東日本大震災最大余震でも6強)。

・仕込み蔵(土蔵)は損壊し、北側に大きく傾きました。

・5段積みにPPバンドで結束していた在庫の多くが倒壊し、大量の貯蔵酒が破損しました。

・その後、宮城県、国税局ほか国や関係機関、そして一般の消費者の皆様から温かいご支援をいただき、組合員は当時から現在まで1社も掛けることなく存続できています(非組合員の森民酒造(仙台市)は廃業)。
・震災後しばらくは物流が止まっていたので何もできませんでしたが、南部美人さんの動画によって自粛ムードが一変し、5月から出荷再開。首都圏等での復興需要の高まりにより、5月の出荷量は大幅に∨字回復しました。

・一時の盛り上がりでその後は例年通りに落ち着くかと思いましたが、その後数年宮城県は好調に推移しました。
▼新蔵建設
・栗原市は大地震が多発していましたが、幸いにしてこれまで蔵内での人的被害はありませんでした。
~栗原市は大地震銀座~
・2008年6月14日 岩手宮城内陸地震 震度6強
・2011年3月11日 東日本大震災 震度7
・2011年4月7日 最大余震 震度6強etc
・今後も大丈夫だという保証はどこにもなく、古い蔵には常に倒壊の危険性があるため、思い切って新蔵の建設に着手しました。




▼蔵が目指す酒質
・地元有壁の緑の里山の風景が目に浮かぶようなクリアでピュアな米の味を目指します。


・クリアでピュアな米の味とは、米・水・酵母・麹菌がそれぞれ極端なストレスの無い状態で健全に発酵して醸されたお酒に、外部のマイナス要因によって傷が付かないように細心の注意を払った上で、初めて『ピュアな米の味』を表現できると考えています。

・例えば、酒造りに使用する道具や場所の洗浄不足、蔵人の衛生観念の悪さ、過度に熟成を進めてしまうような貯蔵方法や温度だと、雑菌や過度な熟成による雑味が「ピュアな米の味」をマスキングして全くわからなくしてしまいます。そのため、当蔵では徹底して環境をクリーンにし、極低温での貯蔵によってその味わいを崩さないような酒造りを実践しています。

▼主な原料米
① 美山錦:宮城(秋田・山形・長野)
② 蔵の華(宮城)
③ 吟のいろは(宮城)
④ 山田錦:兵庫(徳島)
⑤ 雄町:岡山
⑥ 一般米(ひとめぼれ・ササニシキ):宮城
▼製造方針
① 衛生醸造
・お客様の口に入るものを製造する側として、最大限衛生面に配慮します。
・酒蔵の中で一番汚れているのはスマホとそれを持つ人間です。
・厳冬期にも積極的に手を洗えるよう、手洗い場には全てお湯を使用しています。
・原料米を扱う際には必ず使い捨ての手袋を着用し、必要時以外は素手で触りません。
・衛生面だけではなく、大事なお米を扱うんだという意識が蔵内に根付きました。

<洗米>
麹米 全量完全限定吸水(10kg計量)
掛米 限定吸水と連続洗米の併用

<蒸米>
~計測項目~
①白米水分、② 吸水歩合、③ 蒸米吸水率、④ 出麹歩合

釜:OH式二重蒸気槽
細かな温度制御が可能で、目的に合わせて適切な蒸米に仕上げることが可能。
<放冷>
・昭和40年製の放冷機を細かい制御が可能で洗浄しやすい最新式の放冷機に入れ替え。

・放冷機は高温で蒸された無菌状態の蒸米が一番最初に触れる場所。ここが汚れていたら他の努力も全てが無駄になります。また、米の種類によっては放冷機での素早い冷却が必要な場合も多く、単なる合理化の道具ではないです。
<麹造り>
・麹室への出入りも極力少なくて済むよう、あとから手直しする必要のない丁寧な仕事を心がけます。

・麹室外で温度チェックが出来るよう、電波式の温度計を使用しています。

・麹菌は目指す酒質によって数種類を使い分けます。最終的なお酒のグルコース濃度を予め決め、それに合わせて麹菌の混合割合を変えます。

・出麹は乾燥機を使用して徹底的に乾燥させて無駄な水分を除去します。雑菌汚染を防ぎ、糖化力測定の数値安定化、冷凍にも向くようになります。

8kg盛りの麹箱 主に大吟醸に使用 45kg盛り。簡易温度自動制御器付き
<搾り>
・プラスチックとシリコンの板のため、ゴム臭等が付きにくい構造です。また、カビや汚れによる異臭を防ぐため、専用の冷蔵機を室内に設置しています。

圧搾機 NSK製
②精密分析
・もろみの成分分析には、全自動分析器を使用、人力では不可能な正確な分析が可能となります。分析に時間を取られないので、その分他の業務に注力できます。

・分析項目は、① アルコール分、② 日本酒度、③ 酸度、④ アミノ酸度、⑤ グルコース濃度、⑥ 麹の酵素力価、⑦ 酵母数、の7つです。

③迅速火入れ、④ 急速冷却
・新酒のフレッシュ感を極力早く閉じ込めるよう、しぼってからおよそ1~3日以内に瓶詰め・火入れ・貯蔵を完了させます。そのため、新酒が出来てくるスピードよりも早く瓶詰め・火入れの出来る瓶詰めラインを数年かけて設置し、今期はより高品質な火入れと急速冷却、スタッフの負担を軽減するため、パストライザークーラーも導入しました。


パストライザー
⑤冷蔵貯蔵
・0~5℃での全量冷蔵貯蔵。ほとんどの製品は更に瓶で貯蔵することによって、過熟を防いでいます。瓶で貯蔵するとその後の酒質矯正が極端に困難になりますので、後から濾過等をしなくていいような酒造りをしています。

■ 当たり前のことを徹底して丁寧に
■ 蔵人の負担軽減
■ 酒質に関係無い所はがんばらない
■ 機械に頼れる所はとことん頼る
■ 気合と根性の酒造りの時代は過去の話
■ 働きやすい、働きたいと思える環境造り
■ 次世代に胸を張って引き継いでもらえる仕事に
■ そして地域の産業としてこれからも有り続けられるように
▼今回のテイスティングは、蔵元セレクトの3種類です。



では、乾杯!

・恒例の集合写真です。悪天候のなか、多数の方にご参加いただきました。ありがとうございます!

・萩野酒造は、旧有壁宿本陣とすぐ近くで、蔵を訪問した際には、曜平さんに本陣跡などなど史跡についても詳しく説明していただきました。今回の蔵元トークでも宮城県の酒造に関するお話も様々な角度からご説明いただき、大変真摯な人柄が伝わって来ましたね。一方で、猫シリーズやメガネ専用といった銘柄を商品化するなどユーモアも併せ持っています。講演中はクイズもあり、曜平さん、楽しい2時間をありがとうございました!

<イベント前には、渋沢栄一翁が生涯大切にした佐渡の縁起石「赤石」にタッチして運気アップ!>

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