2024.10.11

【金庫巡り】#7_遠山記念館に行ってきました!

こんにちは!
兜LIVE!編集部です。


この連載【金庫巡り】では、この日本橋兜町・茅場町周辺にある古い金庫にフォーカスして、その歴史や魅力を発信していきます。
今回は、戦後日本の証券業界に大きな影響を及ぼした「遠山元一(とおやまげんいち)氏」に関係する金庫について、前後編でお届けします。


後編では、「遠山記念館」を訪れました。現代では再現不可能といわれるほどの超絶技巧が組み合わさって建てられた邸宅があり、元一氏の人柄が感じられる多数のコレクションを所有しています。歴史ある建物に残された金庫とは、どのようなものなのか見せていただきました。


なお、前編(兜町ビル編)では、元一氏が創業した「遠山偕成株式会社」にある2種類の金庫をご紹介しています。こちらも併せてご覧くださいね。


【金庫巡り】#7_遠山偕成 兜町ビル編


◆遠山記念館とは?


遠山記念館は、SMBC日興証券の創立者・遠山元一氏が建てた邸宅を元に作られた博物館です。一度没落した生家の再興と母親の住まいになることを目的として、昭和11年(1936年)に完成しました。


戦前の大工と左官の技術の粋を集めた近代和風建築はその価値が認められ、平成30年(2018年)に国の重要文化財に指定されました。


また、同敷地内にある美術館ではさまざまな展覧会を開催しており、美術品の収集でも有名な元一氏のコレクションを見ることができます。


◆遠山記念館の金庫


今回ご紹介する金庫は、かつて屋敷で使用していた調度品などを収めるために作られた土蔵であり、現在もさまざまな物品の収納に使われているそうです。


金庫が作られたのは昭和11年(1936年)。もうすぐ90年という歳月が経とうとしています。扉の重さは相当なもので、男性が体重をかけても簡単には開けられないほど。



漆でコーティングされた黒く重厚な扉、巨大な蝶番、そして遠山家の家紋が刻まれたその姿は威厳に満ちています。当時の流行を取り入れながら防犯性も追求した、まさに贅を尽くした造りといえます。


とはいえ非常に古い金庫であるため、過去にダイヤルに不具合が発生した際には、専門業者が聴診器を使いながら慎重に修理を行ったこともあるとのこと。


そして、状態を維持するためには、毎日学芸員が確認をし、必要に応じて湿度管理が欠かせません。カビの発生を防ぐため、毎日除湿機を稼働させて水分をしっかりと抜いているそうです。


◆「旧遠山家住宅」の見どころを案内

金庫以外にも、遠山記念館にはわかりやすく美しいものから一見気づかないマニアックなものまで、見どころがたくさんあります。学芸員の依田 徹(よだ とおる)さんに案内していただきました。



依田 徹さん(公益財団法人 遠山記念館 学芸課長)
東京芸術大学大学院で博士の学位を取得後、さいたま市大宮盆栽美術館学芸員を経て、現在は遠山記念館の学芸課長を務めていらっしゃいます。また、学習院女子大学、昭和女子大学及び裏千家学園で非常勤講師を務めるほか、茶の湯学会理事や文化庁にて専門調査会委員を務めるなど、幅広く活躍なさっています。



茅葺屋根の建物は東棟の入口であり、来館者はここから見学が始まります。



式台があるこの玄関は武家など身分の高い人々が使う入口であり、家族は「内玄関」を使っていました。



亀甲模様が広がる内玄関の床は、人造石研ぎ出し仕上げ。当時はすべて手作業です。表面を触ってみるとツルツルで一切の凹凸がなく、左官の高い技術力がうかがえます。



広い居間は、今でいうダイニングルーム。家族団欒するために作られた部屋です。
女性は奥の部屋で食事をしたそうで、現在では遠山元一氏の長女の嫁入り道具が置かれています。



この建物の自慢が、実は風呂場です。昭和11年の時点でシャワーからお湯を出すことができました。また、蛇口も「H(Hot)」と「C(Cold)」の両方がありました。当時としては、このような片田舎では大変珍しいものでした。風呂場や脱衣所自体も広く、お金がかけられていることが分かります。



大広間で見るべきは、杉柾目(平行線の木目)の天井板です。二尺幅の杉柾の材は極めて珍しいものであり、それを意識しなければ目につかない天井に用いています。



縁側で上を見上げると気づく特徴的な一本の木材は、吉野杉。切った木材を組み合わせたのではなく、7間幅を1本で取っており、依田さんの言葉を借りれば「怪物のような」ものだそうです。



縁側を進んでいくと見られる欄間は、桐材の透かし彫り。職人の腕が凄まじいこの彫刻は、決して目立つ装飾ではありません。
この邸宅の特徴は、このような彫刻や天井など、一般の人々の目が届かないところにお金が使われているということです。派手に飾り付けて人に見せびらかすのではなく、気づく人しか気づかない部分にこだわるというのは、遠山元一氏の精神の豊かさの証明といえるでしょう。



廊下を進んでいくと、いよいよ金庫扉が現れます。まるで時を止めたかのように、当時の姿を留めています。



元一氏の母・美以さんが使っていた部屋も見ることができます。
壁には、元一氏とも付き合いがあったという川喜田半泥子(かわきた はんでいし)の作品が。



天井板は極上の薩摩杉(屋久杉)で葺いてあり、美しい木目がある材はとてつもなく高価だそうです。元一氏が著した『母の面影』という本によれば、美以さんは若い頃から大変な苦労をしてきたそうで、そんな母のために極上の部屋を用意した元一氏の息子としての気持ちが感じられます。



こちらは有名なトイレ。注目すべきは、鮮やかな紅色の磨き壁で、紅差大津磨と呼ばれる技法で作られています。ツヤツヤとした壁は何度も磨かれたものですが、鏝跡が一切ありません。まさに神業で、現代にいたっても職人たちの中では伝説的な壁であり、この壁を見るために来館する左官の方々も多いそうです。


次に、通常非公開となっている遠山邸の中棟2階も見せていただきました。



階段を上がってすぐの部屋の棚の上に見えるのは、群書類従(ぐんしょるいじゅう)という書物。渋沢栄一氏が作った復刻本であり、同じ埼玉県人の元一が購入させられたのでしょう。



丸窓を飾るのは、美術工芸品のような竹の組子細工。極めて高い技術で竹を組み上げて作られており、もはや仕事というよりも、職人が「こういうこともできる」と己の腕を示す遊びの世界とのこと。



エレガントな雰囲気がただよう和洋折衷の応接室。注目すべきは、装飾ドアです。



こちらは、1枚の桐材を掘って作られたものなんだそう。職人の名前は残っておらず、誰が作ったかはわかりません。依田さんによれば、「名前を残さないことにプライドのある職人の世界」といえるそうです。



この洋室には、かつて朝香宮鳩彦王様が宿泊されました。吉田茂元総理も泊まったという話もあるそうですが、記録はないとのことです。


2階は通常非公開であり、特定の日のみ観覧できます。公開日は遠山記念館の公式サイトで発表されますので、気になる方はぜひチェックしてみてくださいね。


◆遠山元一氏のコレクションを楽しめる展覧会も開催


同敷地内にある美術館は、今井兼次という建築家の最後の建築作品です。元一氏はクリスチャンだったため、建物のそこかしこにキリスト教の雰囲気が感じられます。
美術館ではさまざまな展覧会が企画されており、現在は「エジプト古代染織コプト裂100点 -織り文様は何を表しているのか-」が開催中です。


コプト裂とは古代エジプト人が織った麻と羊毛の綴織のことで、動植物や伝説をモチーフにした美しい文様が織り込まれています。元一氏によって集められたコレクションは、実に4,800点。今回はその中から選りすぐりの100点が展示されています。
展覧会は定期的に内容が変わるため、ぜひ新たな美術品や工芸品との出会いをお楽しみください。


◆学芸員の方にお話をお聞きしました


遠山記念館について、依田さんにお話をお聞きしました。


──遠山記念館の1番の見どころを教えてください。
依田さん「何といっても、建築そのものです。昭和戦前期における最高級の材料が惜しみなく使われ、信じがたいほどの技術を駆使して作られています。例えば、木材は今ではほとんど手に入らない質のものが豊富に使用されています。木目、太さ、種類、どれをとっても一級品ばかり。1本あたり数百万円にもなるようなものですよ。中でもトップクラスの木材は、プロの学芸員ですら値段の想像がつかないほどですね」


「当時の総工費は60万円ほどですが、昭和7年(1932年)に建てられた宮崎県庁の72万円に匹敵する規模で、現代の価値に換算するのは難しいですが、計算によっては30億円くらいになるかと思います。戦争や戦後の開発で多くの建物が失われてしまった今、贔屓を承知の上で言いますと、東日本でこれほどまでに見どころのある近代住宅建築は他にはないですね。三井家の邸宅にも負けないと思っています」


──コレクションについて教えてください。
依田さん「元一さんのコレクションは一風変わっています。玄人好みで、わかる人にしかわからないというか、わかりやすいものが少ないのが特徴です。コレクションの統一感はなく、むしろマイナー路線を突き進んでいますが、これは元一さんの独特な収集方法のためだと思います」



「兜町にあった当時のオフィスに道具屋さんがやってきて、頭を下げ、買ってもらえるまで頭を上げなかったらしいんです。また、『◯◯を持ってまいりました』と言うと、「それより私は囲碁が打ちたい」と言い出して、囲碁を打てば買ってくれた、なんてエピソードも聞いたことがあります」


「元一さんは質の悪いものも鷹揚に買い取って、後で仕分けていたそうです。『人に騙されたら自分には騙されるだけの価値があったと思って、すぐに忘れろ』とよく言っていたとか。元一さんの買い方だからこそ集まった特殊なコレクションだと思います。」


──遠山記念館が抱える現在の課題について教えてください。


依田さん「国の重要文化財に指定されたこの建物ですが、耐震化など、維持管理には多くの課題があります。台風や地震といった自然災害のほか、ハクビシンやアライグマなど動物からも建物を守らなければなりませんし、火事が起きれば一発で貴重な文化財が失われてしまいます。どうすればこの建物を未来に残すことができるのか、今後の大きな課題です。また、コレクションの知名度をもっと上げていきたいとも思っています」


──読者の方へメッセージをお願いします。

写真左:依田さん、写真右:遠山偕成(株)伊賀さん


依田さん「この貴重な建物とコレクションを、ぜひ実際に訪れてご覧いただきたいと思います。アクセスは多少不便ですが、足を運んでいただく価値は十分にあると自負しております。皆様のお越しをお待ちしております」


◆まとめ


遠山記念館は、遠山元一氏のこだわりと名工たちの誇りが息づく貴重な博物館です。現在では再現不可能な最高級の素材と技術が惜しみなく使われており、その文化財としての価値は計り知れないものがあります。


また、金庫については中を見ることはできませんが、扉の前までは見学できます。
ぜひ一度この特別な空間を訪れ、日本の近代建築史における貴重な建物と元一氏の人生を物語るコレクションをご覧になってみてはいかがでしょうか。


遠山記念館


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